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致知社内木鶏全国大会その2

投稿日時:2025/09/11(木) 16:47rss

今回の致知出版社社内木鶏全国大会で感動大賞を頂き
社内は大きく変わり(特に若手社員のモチベーション)
本当に社内木鶏会を続けていてよかったです。

社内木鶏全国大会は
①会社動画
②代表社員の発表
③社長の発表
④社員のエ-ル

4部構成です。

会場の皆様よりの投票で
感動大賞が決まります。

一番メインは社長の発表と言われますが
私の発表はあまり自信がなく

発表原稿は社員の前で本番まで3回ほど発表をして
社内で感想を貰いました。

一回目は無記名のアンケートにしたら
「全然感動しない」など
多くのダメ出しがあり
心が折れそうになりました。

なので
二回目は記名式にしました。

そうすると
無難な感想になり、、

やっぱり
一回目無は記名にして良かったと
改めて思います。

三回目はなんとか少しは
感動してもらいましたが

その中で
最初から
代表社員の妹の原稿は社員からも
絶賛でした。

私は新鮮さを失わないため
本番まで彼女の原稿を
読まず、聞かずに望みました。

で、本番の舞台袖で
彼女の原稿を聞いた瞬間
図らずも大泣きをしてしまい。。

そのまま涙ながらに本番に立つことになりました。。

それが
ケガの功名

そのおかげでその涙は
場内の方々には感動して頂きました。

その原稿がこちらです。

私は大阪市でゴミ屋を営む家に生まれました。家と会社が一体化している環境で、
明るい家族と見た目は怖いけど、
私には優しい従業員のおっちゃんたちに囲まれ何不自由なく幸せに育ててもらいました。

28年前私は父親の事務仕事を手伝うために入社しました。
そして14年前に父親が亡くなりました。
兄が会社を継承しましたが、
父親が生前、会社を大きくするためにした投資が多額の借金になっていました。
返済に追われ会社の状態はとても苦しく、
自分の給料をゼロにせざるを得ない月もありました。
しかし社内にはそんな会社の状況になっていることを話せませんでした。
長年一緒に働いてきた親戚から
「樋下家ばかり儲けて」
と噛み付かれたこともありました。
父親は気前が良かったため、樋下家だけが利益を独り占めしているようと言う誤解が生じたのです。
きっと社員も皆そのように考えているのだろうと思うと、私の心は閉ざされていきました。
胸の内の苦しみを相談できる相手もおらず、
朝から晩まで終わりの見えない業務を片付けることをだけに意識を向けていました。

一方、会社の状況に危機感を募らせていた兄は外部の勉強会に参加するようになり、
新しいことを学んでは持ち帰れるようになりました。
「次は何を言い出すんや」
と当時はヒヤヒヤしていましたが、
今思えば会社を良くしようと、兄は本当に必死だったのです。
そのうちの1つが社内木鶏会でした。
致知の内容、そして社員同士で行う美点凝視に感銘を受けたようです。
兄は一部の社員と木鶏会を開催した後、すぐに全社員で開催しようと決意を固めました。
会社を良くした一心で会社の未来を見据えていた兄に対して、
私はと言えば、余計なことが増えて面倒だなと考えていました。
ほぼ全員参加で行われた初回の木鶏会はみんなが楽しそうに話をしていました。
終了後には、母親お手製の関東煮のお鍋が振る舞われて懇親会も開かれるなど、
和やかなうちに終えることができました。

しかし、その後が一転して「出たくなんかない」と言う声が次々と上がり、
毎月第一土曜に設定された木鶏会の日が近づくたびに、
果たして何人集まるだろうかと憂鬱でした。
そんな気持ちにさせられる木鶏会は私は嫌いでした。
それでも私は一度も休むことなく参加し続けました。
会社のため自分のためと言うよりも社長である兄が言い出したことなので、
家族の一員である私が投げ出すことができなかったのです。

嫌々ながらの参加でしたが、回を重ねていくうちに、木鶏会の夜は元気になりました。
木鶏会を通してお互いに褒め合い、話し合える文化が醸成されていき、
自分が苦しい時に苦しいと伝えても大丈夫な仲間ができたのです。
感謝しかありません。
気がつけば木鶏会開始から10年が経ち、回数も100回を超えていました。

木鶏会が会社に根付くとともに採用にも良い影響が出てきました。
「きつい」「汚い」「危険」と言われる3Kに、「くさい」がつく4Kと言われ、
社員の採用や定着に関しては苦労の多い業種ですが、
新卒採用まで実現できました。
木鶏会を重ねることで会社は大きく変化し、自分もまた変わることができました。
過去の苦しかったこと、いろいろな状況に振り回され、
嘆いていたことも今では、笑いながら話すことができるようになりました。

木鶏会を一回一回積み重ね、致知の言葉に触れることで私たちは変わりました。
「I am OK. You are OK!」
そのままでいい。どんな自分でもいい。どんな人もいいと知ることができました。
私たちが得た学びを今度は周囲の方々につなげていきます。

最後に言うことを聞かない妹を抱えながら次々起こる困難を乗り越え、
ここまで山あり谷ありの会社を経営してきた社長に一言。
10年以上前に夢見た、全国大会と言う舞台に立つことができました。
辛抱強くここまで連れてきてくれて本当にありがとうございました。



以上です。

本当にここまでついてきていただき
妹には感謝しかありません。

実は
前夜二人だけでサシ飲みを
初めて行いました。

弊社は1か月に一回部下と
差しのみを行うルールですが

今までお互いに照れて
二人きりで食事もしたことなかったのですが、、

今回の全国大会は私にとって
一生の思い出になりました。





 

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