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2020年02月29日(土)更新

生い立ち2

父の入院中は従業員2人が海水浴につれて下さり、
運動会にも来て頂き、
その後父は退院すると家の下で事務所を構え、
業務終了後2人の従業員と談笑しながら将棋、

家庭=仕事場の家族会社のスタートとなりました。
また妹も誕生し、家族も新たなスタートとなりました。

小学校に進むとなぜかすべての学年で学級委員長など
推薦され受けることになりました。
学校の通信簿には「茂君と遊ぶと悪い子たちもおとなしくなる」
と書かれていたほど私自身は優等生なのですが、
なぜかやんちゃな子と仲良くしていました。

今思えば現場作業員と調和をするには
すごく役立っている資質だと思っています。

一つ嫌だったことは、自分の父の仕事を作文に書くことでした。
「ゴミ屋」であることを友達には隠して、
運送屋であるとか掃除屋さんと書いていました。

高学年になると友達もわかってきて
「お前の家ゴミ屋やろ」と「ゴミ屋の息子」
と言うレッテルを貼られました。

家では小学校の頃から、父親から
「商売はええで ゴミ屋はええで」と何度も毎晩聞かされ、

集金のお金を私の目の前で数え、ことあるごとに
「一生懸命働かなあかん」と毎日食卓で言っておりました。

そのため当時、従業員も2人ですが「将来は30歳でゴミ屋の社長になる」
と志を立てて土曜日の夜はビルメンテナンスで床やトイレの掃除、夏休み、
年末はトラックの助手をして現場を手伝っていました。


2020年02月28日(金)更新

生い立ち

去年解散された盛和塾で発表させて頂きました原稿です
自分の生い立ちと弊社の歴史がリンクでき
いい体験になりました

折角の原稿なのでここでできるだけシェアさせて頂きます


昭和46年7月10日に創業65年の弊社の歴史上、最大の事件が起こりました。

私はまだ4歳で幼稚園の夏でした。

私が幼稚園に入園前「隣のお兄ちゃんと同じ幼稚園に行きたい」
と言い出した事がきっかけ、
その幼稚園がサラリーマンでの父の給料では学費が払えず・・

そのためすでに他界した創業者の祖父が他人に名義貸ししていた
一般廃棄物収集運搬業の城東衛生、
父が継ぎたくなかった「ゴミ屋」を始めることになりました。

当時お得意先も少なく、父1人で事業を行っておりました。
その父が運転していたトラックが坂道で急にブレーキがきかなくなり
信号待ちをしていたトラックに激突をしてしまいました。

幸い一命は取りとめられたものの救急病院で気を失い
左足は骨だけ残っている状態でした。


 

20代の母は4歳の息子の私と取り残された状態で「明日からどうするか?」
を決めないといけない状況になりました。ゴミ回収は休みなし。
待った無しの決断を母は迫られていました。

その時、アルバイトに来ていたお得意様の工場長の息子さんに相談したところ、
「よしわかった」とその日に会社を辞めて、弊社に来る決断をして頂きました。

また同時に20歳の父の甥もその日に一緒に入社していただくことになり、
事故したトラックを引き上げ次の日から同業他社に車を借りて事業が継続されました。
その後父は気をとり戻しましたが結局足をつなぐため一年間入院することになり、
その間お二人で収集作業、集金、新規客開拓までやって頂きました。

その時以来、事あるごとに母は私に従業員に対し「感謝しいや」といいつづけ、
この事が私の今の経営者人生としての考え方の土台となっております。


2020年02月13日(木)更新

野村克也氏を偲んで

名伯楽といわれる野村克也氏がご逝去されました。
今思い出すと高校の卒業式か入学式に
ご講演して頂いた事を思い出しましたのですが
それくらい
今まであまり興味がなく知りませんでした。

ただ
スポーツ新聞の紙面上のみなさんの野村氏 に対してのコメントが
すごく温かく凄い方だったんだと改めて思いました。

「勝ちに不思議な勝ちあり負けに不思議な負けはない」

など

名語録がありますが

僕は
「金を残すは下、業を残すは中、人を残すは上」

が好きでまさに野村氏は実践された方なんだと思います。

という事で新聞を読んで
「やっぱり人を残すのが自分の使命」

今までちょっとサボり気味だったのを反省して
部下をしっかり彼らのために指導しようと決意。

そして矢先

全社員の日報をチェックしていたら

1月29日以降日報を書いていない社員を発見・・・

弊社の社員は優秀なので
僕が決意した瞬間にすぐ失敗をやってくれます。

こちらが試されます。

手抜きとは
「人の生活を奪うこと」と経営の師匠が言ってたのを思い出し
それを伝えて

「始末書!」

ただ自分も何か野村氏みたいに
いい言葉がすぐ出せるようになりたいなぁと
思いました。

やっぱり生き方ですね

 

2020年02月06日(木)更新

ランチェスター戦略

弊社ではランチェスター戦略を学んでいます。

戦略と戦術は違い
戦略には強者と弱者があるとのこと
何かで一位を取る事が重要。

色々勉強しますが
未だによくわかっていません・・

さて
今週東京出張へいったのですが
行き帰りともによく晴れ
富士山が見事に見えました。


やっぱり「富士は日本一の山」と歌もあり迫力が違います。

思わず手を合わせてしまいます。

で、よくある質問で「二位の高い山は?」

「確か槍岳?」

「三位は?」

「・・・」

「あとは?」

日本に山ほど山はありますが

パッと浮かぶのが


「生駒山」

家から一番近い山です。

やっぱり一番が大切です。

2020年02月05日(水)更新

幸福論

先日おかげさまで誕生日を迎え53歳になりました。
(実際52歳と53歳はあまり変わった実感はありませんが・・)

誕生日は両親に感謝をする日といわれます。
特に母親に感謝しないといけないです。

人間は感情の動物で
ほっておくと感情はマイナスを見るくせがあるらしく

「感謝」はよっぽど意識しないといけませんね
特に両親への感謝は・・

そう思いながら致知2月号を読んでいたら

哲学者アランの「幸福論」の中に

「悲観主義は気分のものであり楽観主義は意志のものである」
とありました。


またあるセミナーでプラス思考は「覚悟」がいる
と言われてました。

僕は人から
「こんな大変な状況なのによく笑ってられますね」
言われたりしますが・・・

ある意味では「覚悟」しているんだぁと
思ったりしました。

また話かわりますが
たまたま「麒麟がくる」をみていて
この時代にも自分のご先祖がいたんだぁと
この頃は15代前くらいかなと改めて調べてみると

10代前はなんと2046人
20代前はなんと209万7150人

すごい数字の「命のバトン」があったとおもいました。
(自分は落としてしまいましたが・・)
誕生日は両親のみならず「ご先祖様」に感謝する日にしたいと思います。


社員さんから嬉しいサプライズプレゼント
ありがたいです

当日は妻と友人のお店でお祝いしていただきました。

感謝の反対語は「当たり前」
いつも一緒にいてくれる妻にも
もちろん感謝を忘れないようにです。



 

2020年02月03日(月)更新

長期休暇

先月末に海外研修があり
その帰りに休暇をいただきパラオ共和国に行ってきました。

日本が先の大戦前は統治していただけあって日本語が通じ
また親日的でした。
これはカンボジアでビジネスを展開した時も感じていた
のですが日本人は海外の人から好かれて尊敬されているので
本当に先人の日本人に感謝です。




またスキューバーダイビングをしましたが
今までで経験した中で最高ランクの透明度の高い海(マンタや亀が当たり前にいる)
でリラックスできる瞬間でした。


ホテルはジャングルの中に建てられたホテルで
絶景でした。

今回は一人旅で(友達がいないので・・・)
これから10年の人生と経営の計画を建てることが目的でした。
(毎年5カ年の経営計画はたてますが人生計画はなく)

パラオはいい意味で何もないので
今回は沢山の時間がとれ
最高に贅沢な時間でした。

これもそれも
こんな贅沢な時間を取れたのも
留守を守ってくれる「全社員」がいての事と
感謝しかありません。

そして時間があるので色々考えてみたら
「創業者と先輩」
父が始めたので僕が社長になれていること。
先輩方々会社を守って盛り立ててくれたこと。

また何より感謝するのは
「お客様」
お客様がいらっしゃることで今の商売事業がある。
当たり前にならないように
感謝の気持ちを忘れないようにと決心して
この旅をおえました。










 

会社概要

昭和29年創業 平成7年法人化

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個人プロフィール

趣味 旅行、サックス、ダイビング

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